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2020/02/01 16:21

今回の旅、最後の第3弾は私の趣味の事になってしまいますので

寝具とは関係のない事ばかりです。
ご興味なければ読み飛ばしていただければと思います。

最初は工場見学と展示会を回る事を目的としていました。
その為もっと寝具に関わるものを見る予定でしたが、
ただ、、それだけではもったいないという淺ましい心で
各地方の布団やさん達とは離れ、アテンドなしに
行きたかったスポットへ無理やり行く事にしました。



日程

1/9Thu.    セントレアー成田ーフランクフルト✈︎ ハイムテキスタイル @フランクフルトメッセ マインツ泊
1/10Fri.    ドイツハイムテキスタイル @フランクフルトメッセ マインツ泊
1/11Sat.    ポーランド フランクフルトーカトビチェ移動✈︎ カトビチェ泊 
1/12Sun.   ポーランド @アウシュビッツ オシフィエンチムーフランクフルトーブルッフザール移動✈︎ ブルッフザール泊
1/13Mon.  ドイツ ビラベック工場見学 @ブルッフザール デュッセルドルフ泊
1/14Tue.   ドイツ imm cologne @ケルンメッセ ブリュッセル泊
1/15Wed.  フランス ブリュッセルーランス移動 @ルーブルランス ランス泊
1/16Thu.   フランス ランスーパリ移動 @パリ市街 パリ泊 
1/17Fri.     フランス メゾンエオブジェ @パリ パリCDGー羽田✈︎ 機内泊
1/18Sat.    日本 羽田ーセントレア✈︎ 帰国

大きくは4日目のアウシュビッツ・ビルケナウ
7日目のルーブルランスです。

アウシュビッツについては多く写真も撮りましたが
思われる事も様々だと思いますのであまり載せないでおこうと思います。
気になる方は絶対直接行かれた方がいい場所です。


↑モスクっぽい建築が目立ちます。

ポーランドはもともと旧ソビエトの影響を強く受けていて
現在EUの中でもGDPの成長率などは唯一上昇傾向にある国です。
ただ元々の分母が少ないために成長著しく見えると言うのが現状だと思います。
休日のピザハットに人が並んで入りきらないという光景を見ました。
やはりちょっと他のユーロ圏の国とは事情が違いそうですね。


↑ピザハットの駐車場

アウシュビッツはドイツにあると思っていらっしゃる方が多いと思いますが、
ポーランドの南部に位置していますので、ベルリンから向かっても電車で8時間程度。
陸路では無理でしたので一番近くの空港からバスや電車で向かうことにしました。
本来はクラクフという観光都市から向かうことが一般的ですが
カトビチェという炭鉱の町から向うことを決めました。

↓アウシュビッツの位置関係


カトビチェ市街


カトビチェ駅
自動券売機なし。英語の分からない窓口のおばちゃんと押し問答。


カトビチェの大聖堂



アウシュビッツ・ビルケナウがオシフィエンチムにできた理由としては
ドイツのロシア進軍によって捕虜などの収容にも使える
交通の起点であったということでしたが、
かなりの田舎町でこれといったものは何も見当たりませんでした。


↑オシフィエンチム駅前 とにかく寒かったです。

EU加盟国ですがユーロの使用できません。
それを知らなかった私は現地のバス運転手の方に
「通貨はズロチオンリー!ここはポーランドだっ!!」
と本気で怒られてしまいました。
カードが使えない事も多く食べ物も買えなかったのでかなり困りました。

一概にアウシュビッツと言ってもかなり広大です。
大きくは2つ。アウシュビッツ第一収容所(記念資料館に改装されています)
ビルケナウ第二収容所(よくTVに映るのはこちら)があり、
時間的にも両方は難しいのでアウシュビッツのみ見学するつもりでした。
2つ見ると1日かかります。当時は第三収容所まであったようです。



私は現地に向かう電車の中で予約が必要だという事を知り焦りました。
それほどに計画性のない私は「行けばどうにかなる」という精神で
まずはインフォメーションに向かいましたが、
やはり出鼻をくじかれる事になります。

早くからホテルをでて、朝の9時半に現地に到着しました。
入り口はオフシーズンだというのにもう200人ほどが集まっています。
駅にはそんなに人がいなかったはずなのにおかしい。。。
と思いましたがクラクフ・ワルシャワ・ベルリンなどの
近隣都市からツアーバスが走っている様です。


入り口の写真を撮り忘れていました・・・Google先生より拝借

チケットを買おうとすると案内されたのは15:00〜の英語ガイドのみ。
その時は「分かりました。。」と肩を落とし一度列を離れました。

そしてもう一度考えてから「ここまで来たのにそのまま帰れるか!」と考え直し
つたない英語で「予約なしで入れる施設はありませんか?」
と聞くと・・・受け付けの女性はしばらく考えた後で
「13:00の英語ガイドで入れてあげる」っと言いましたが
私は飛行機の時間があり、移動時間を逆算しても13:00には
アウシュビッツを出ないと18:00のフライトに間に合いません。
それも筆談で伝えると「5分後の10:00に入れてあげるから急いで!!」
といいチケットを売ってくれました。

ここでは泣きそうに嬉しかったのですが、
彼女にたくさんのお礼をしてから荷物を預けるクロークへ急ぎました。
「旅は恥のかき捨て」だという事を本当に知った瞬間でした。



現地でチケットを買う方は勝手に敷地内に入る事はできません。
A4以上の荷物は有料で預けないといけませんし、
入念なボディーチェック後に必ずガイド付きで案内されます。
敷地内を20〜30人ほどの班で移動し、1班にガイドが一人付きます。
ポーランド語か英語の2択になります。

その日見かけた日本人は2組。
どちらの方もガイド用の無線機とヘッドホンをしておらず、
自由に見学していました。代理店を通してガイドなしの
前売りチケットを買っていると思われます。
行かれる方は必ずガイドしてもらう方がいいです!!
伝わるものが全く違います。

実は前日に知り合いの方から教えてもらったのですが、
現地に中谷さんという日本から移住をされたガイドさんがいらっしゃる
との情報をいただき、メールで連絡を入れたものの当日は日曜日。
休日とのことで残念ながらガイドはお願いできませんでした。。
本当は中谷さんにもお会いしてみたかったです。

外国人の現地ガイドは彼一人だけだという事をあとから知り、
再訪の理由ができました。



中に入ると色々な展示や当時使われていた施設がそのままに。。
感情的になるとガイドさんが話している事を聞けないので
平静を保ちツアーに集中しました。2時間施設内を歩いた後に解散。
苦労して行って本当によかった。入れてもらえて本当によかった。

人間がここまで残酷になれる理由は全くわからなかったけど
本当に起こった事を事実として捉える事が出来ました。
その後外に建ててある収容者のインタビューモニュメントなどを
見てから現地を後にしました。

私は一番近くの駅まで20分ほどかけて歩いて帰ったのですが、
実は行きもバスに乗らず、その道を歩きました。
その道はむかし駅からの引込み線があった場所。
それを日本で確認していたので彼らと同じ道を通って
アウシュビッツに行きたかったのです。
ただ当時の彼らは行き道のみ。



ヨーロッパ全土からたった5年間で130万人がこの道を通り収容され
ドイツ敗戦後に祖国に帰ることができたのは5万人だけ。
その意味を少しでも感じたかったので歩く事にしました。
ツーリストですれ違う方は一人もいませんでした。


その後急いで空港へ。


13:00にオシフィエンチムを出た私は次の目的地、
ブルッフザールのホテルに着いたのは日付をまたいだ25:30
私はドイツに戻ってこれた安堵の気持ちですぐに寝てしまいました。

5日、6日目は真面目に仕事をこなし
7日目にして行きたかったのはフランスのランスという都市。
実はランスはフランス内に2つあって
ReimsとLensがあるのですが、この発音が難しく・・・
パリより近いReimsは昨年焼けてしまったノートルダム大聖堂で有名ですが
私は北部のリールという都市の近くにあるこれも炭鉱の町Lensに向かいました。

ケルンからブリュッセルを経由し、フランスに向かいます。TGVに初搭乗。




ルーブル美術館の別館でルーブルランスという美術館があるのですが、
この建設をめぐって15年前にコンペを勝ち抜いたのは
妹島和世さんと西沢立衛さんからなるユニット
「SANAA」がデザインした美術館だったのです。
国内で有名なのは金沢21世紀美術館ですね。

私の自宅の近くにも逢妻交流館という妹島さんの作品があるので
勝手に親近感が湧いているだけかもしれませんが、
なぜかここに行ってみたいと思ったのです。



今回なぜか炭鉱の町を訪れる事が多く、
ここも炭鉱の跡地の一部を利用して建てられています。
ポーランドカトビチェにも同じ炭鉱跡を利用した美術館
シレジア美術館にも行きましたが、展示内容や建築を比べても
とても居心地のいいくつろぎの美術館でした。
常設展は無料で見る事ができます。


建物の奥に行くにつれて傾斜が下がってるので引いてみたときには
かなり広く見えてとても気持ちの良い空間でした。 


↑大きな部屋の横に年号がふってあり、時系列順に展示されています。
 こういった展示方法も常設にしては珍しいと思います。





昼前に着きゆっくり館内でランチを取ってから館内を一巡し、
一度併設のホテルに帰ってからまた夜にも訪れましたが、
夜のルーブルランスは最高でした。




20:00から企画展のトークショーを行っていました。
地元の方たちが続々と集い、館内に入っていく様子をずーっと見ていましたが
美術館が愛されている事が伝わってきて、こういった不思議な力のある
建築は本当にいいなと思いその日は建物を眺めゆっくりする事が出来ました。




今思っても日本人には会いませんでしたし、
アジア圏やその他のツーリストが1人もいなかったのです。
その日はホテルで食事をせず、ランスの夜の町を彷徨い歩き
町のパン屋とスーパーで食料を買い明日のパリに備えました。
ランスは時間軸がゆったりしていて不思議な街でした。



平日の20時くらいだったのですが、誰も歩いていません。



そして最終日のパリへ。
一番大きな出来事が起こったのですが、これはすでにinstagramでご報告済み。

来年の1月もドイツ再訪を他の先輩方と約束しました。
いきなりですが目標発表です。
2021はスイスに行きます!行けるように頑張ります!

また寝具屋として頑張れる事に非常に感謝です。
こういった経験を積みながら商品を改善したり、
皆様の生活にちょっとだけ華を添えるお手伝いができればと思います。

見えないもの、見えにくいものが見えやすいものに隠れ
本当に伝わりにくい時代になったなと思いますが、
この空間で直接触れ、感じ、見てきたもの全てを
お引き渡しできる唯一の場所なのだと今回の旅を通して再認識出来ました。



求められるものか求められていないものか。
この店舗の価値は本人も全く分かっていませんが
時代に逆らわず、馴染みすぎず、ふわふわ浮きながら
これからもやっていこうと思います。



まだお会いしていない方々へ。
これからお会いできる事を願って。



拙い文章と長文にお付合いいただきありがとうございます。