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2020/10/22 15:28

最初に述べておくと、
今回は商品や睡眠にとっての解説などではないです。



今まで書きたかったのですが、思想的なものを書くのはどうなのだろう、、、
という迷いのようなものがありましたのでかなり時間はかかったのですが、
私の考える寝具を通した良い睡眠へのアプローチと
寝具屋になったプロセスを少しお伝えしておこうと思います。

「睡眠」とは誰しもに起こる生理的欲求行動であって
当然のように毎日自然にやってくるものです。
寝具の商品開発の職に就いた際には正直、寝具や睡眠のことについては
ズブの素人だったのですが、すぐに「ある事実」を知りました。

ある人にとっては「至福」の時であり、
ある人にとっては「苦」の時間である。



ということが分かったのです。

これを知った時に私は大きな衝撃を受けました。
「ねる」という普段気にしたこともない程、当たり前だったことが
こんなにも人によって捉え方が違うのかというショックから
ある種の使命をもらったような感覚に陥りました。

まずは寝具自体や睡眠の役割などのシステム。
またそれを支えるための機構や素材への理解を進めるために
色んな方の元へ行き教えて頂いたり、工場や農場に出向き
どうすれば理想の寝具が作れるのかを毎日考え、それを具現化し、
お客様の反応を見ながらまた次に繋がっていくという生活を送っていました。



機械や技術的なこと、パッケージのこと、その先の市場にどうやって
届けていくのかというマーケティングまでを全てやらせてもらえたという
ことが大きかったのだと思うのですが、その中で気付いたことがありました。

そこそこに売れた商品もありましたし、
逆にこれは大失敗・・・という商品もありました。
その中でずっと頭で描いてきたことは「新しい技術やアイデア」であって
いくら商品や工法が発展・進歩しようともこれを使うことになる
肝心な人間自身は「これっぽっちも進化してないではないか!」
というジレンマに気付いてしまったのです。

そこからが大変でした・・・
人間を構成する有機物と同じように万物の素になるものは
何にも左右されず不要な進化を遂げず、その機能も変わらない。
つまり「素材」というテーマにたどり着きました。
このテーマを掘り下げていくと今まで見えなかった色んなものが
遠目に見えるようになってしまい、もはや同じデスクに
戻ってくる事ができないほど面白く興味深いものでした 笑



そして「素材」を調べ始めると次第に気になることが出てきます。

世で必要とされ売れている寝具(モノ)は
人間(ヒト)へのメリットのみを分かりやすく前へと押し出し、
組成については逆にヒトを構成する成分とは全く遠いところにある。
ある種のメソッドの様なものに気づきました。

プラスしてメーカーが一定のマーケットに向けて
作り出す寝具には「売り方」が存在し、
これをこうしてこうすると売れるという販売マニュアルまで
小売店にセットにして付加販売しているものまであります。

これでは消費者にとっての隙間や選択肢がなく、
実店舗に行ったとしても本当に良いものに気づく余地は全くない訳です。

世では「売れているもの」=「良いもの」という図式が強くなっており
ネット上ではマイノリティーな情報など自動でふるいにかけられて
目にすることができないという事も起こっていると想像します。
「フォロワー(マジョリティー)至上主義」と言えば良いのでしょうか?



それを良い事に大きな消費行動までを作り手がコントロールしようとしています。
近年生まれたブラックフライデーやハロウィンなどもそうだと思います。
そのイベントの為にものづくりしているものまであるのですから、、
本来の「消費の意義」とは全く関わりのない事ですよね。

話が拡大してしまいましたが、、、

話を元に戻すと、
自分が使ってみていいと思う商品はお手入れ面などでデメリットもありますが、
それ以上に一晩寝ると心地よく、すっきりとした感覚で朝をむかえられ
使用する人にしかわからない「目に見えない感覚」を感じる事が非常に多いのです。



目に見えないものは分かりにくいものなので
広い市場では恐らく受け入れられてはいないし、
爆発的な利益を生むためのメリットの訴求もできない。

つまり「世で売れる商品」と「本当にいいと思う商品」
いつも背中合わせであって、どんな時も入り交わらない。
という事が判明したのです。

当時バイヤーだった私が本当にいいと思う商品だけを店舗に仕入れ
販売したくとも組織の中では「なるべく労力(コスト)をかけず、
どれだけ大きく売れる保証を担保できるか。」
ということを元に活動していますのから、
伝えにくいものをわざわざ伝えるというのは逆の活動になってしまいます。

どういう考えを持った経営者の会社かにもよると思うのですが、
良い商品と出会うその度に叶わぬ夢と消えていくのでした。

そこである考えが育っていきます。
いつか自分が自由に仕入れができる店舗を持った時には
今までに出会っていきた商品とそれを作る人たちと共に
手の届くリアルな未来を作り上げる店がやりたいと考えました。

そしてその店舗を持つことのできた今は
あえてそうしている訳ではないものの
主には多く世で売れないものを扱っています。

ここまでを聞くと「世で売れないものを扱う」という事に

「これってどうやってビジネスになるんですか?」
「売れないものを売っているんでしょ?」



という疑問がでて当たり前です。ただ、そうと聞かれた時には私も
「なぜかは分かりません」としか言いようがないのです。

そもそも「見返りだけに囚われた商品選定など、
もはや心を失くすことも同じ。」と捉えているのが
幸か不幸かわかりませんが 笑

店を始める前からそうやって今まで積み重ねてきたのが
当店のラインナップだと思っています。




いろいろな考えもあるとは思いますが、
私の考える「売れる商品」とはなんなのか?
ということをお話ししたいと思います。

一つは「新しい技術」「新感覚」という事を既存のものと対比させて
全く新しい価値として広く告知できるもの。
分かりやすく「最先端」の価値というものでしょうか。
打ち出し方に工夫することが多いので
よく考えると「今あるものの掛け合わせ」
という場合が多いですがほとんどはこれに当てはまります。

その一方でもう一つの価値があります。
「特別感」です。分かりやすく言うとTVの中に出てくる寝具って
今でも総額◯◯◯万円!!っというもので、
それを手にいれることができる人だけに許された価値観というのか、
社会的地位をあからさまに表すものであって
憧れの対象として扱われるものになりますから
分かりやすく言うとデコラティブな商品が多いのではと思っています。
寝室の中など誰にも見せはしないのに特に寝具は
高額になるとなぜかこの傾向になるので不思議です。



この二つを並べてみた時には
私の店舗に並ぶ寝具にはどちらも該当しません。
ないものは一つ一つお作りしますが、元々あるものを販売していますし、
そのほとんどが単一の無地です。

例を出してお話しすると
「良く切れる包丁」においてダイヤモンド加工など
研がずに切れる、その効果が長持ちするなど。
新しい技術で打ち出しいているものは多いですが、
私はおそらく「鉄の純度」の話をしています。
世の中ではそんな事を気にしている方がいないので
広く流布することはあり得ないのです。

当店の寝具が広く世で売れた時には万々歳ですが、
流石にそうなることはないと知って扱っています。笑


話は変わりますが、
私がもう一つ大きなテーマとして掲げていることは

「調和」

ということだと思います。


現代的社会での社会構造やそれぞれの思想、
気象条件や地方性。また家屋の構造などの偏頗的なものと、
普遍的な自然や素材。人間の構造、睡眠のメカニズムなどを
どれだけ調和させることができるかというのが目的です。

以前にもお話しした「消費者側にとっての余白」とも関連します。
使い手以上に作り手の思想も大切にしようと思っています。

それは産地へ出向かないと多くを理解する事ができず、
商品を作るその土地の歴史や文化。
そこに住む人が関わって完成するもので、
出来上がった完成品と対峙するだけでは
私はまだまだわからない事が多いのです。

感覚的に言うと懐古主義者というわけではなく
デジタル(現代)とアナログ(過去)のハイブリッド、、
というと都合は良いのですが。
いろんな事を否定せず、併せ持った考えを容認する。
これが実験的でオルタナティブな活動だと思っているので
待ち受ける先にゴールがなくとも楽しくやらせてもらっています。

これにお付き合いいただく工場やメーカーさんにも
他方で好きにやらせていただいていることは非常に感謝しています。

そもそも寝具というのは歴史を紐解いてみても
貴族が寝るものと庶民が寝るもので全く考え方が異なりますから
私は「工芸」というよりも「民藝」であるべきと思って選定をしています。



民藝とは生活の中で自然発生した人類のクリエイティビティのことだと
理解していますが、元々人の生活の中で逃れられないことがあります。

またこれは私の中でも大きな課題なのですが、
元々寝具は「生と死」に関するものだと思っています。
本当は別テーマにしても良かったのかもしれませんが、

生まれた瞬間から死ぬその瞬間まで人間が横たわるもの。

死に対して全くネガティブな感覚はないので恐れずに言うと
考えたくもないかもしれませんが、誰しも逃れられない
「死の瞬間に何の上に居たいか」、または
「生まれたての子供を何の上で寝かせたいか」
という選択を私はしています。

これが民藝の考えの中にも存在していると思うのです。
命という有限だから美しく、その為に無駄がなく、
その時代の意識のために改善され、変化していく。
そしてヒトもモノも「正しく朽ちる」ことが大切なのではと感じます。



この時点でメインストリームからは大きく乖離しているので
これを発言する勇気が要りますが、現在世で売れているものは
「死」をできるだけ遠ざけるものが「良し」とされているからです。
この時点で真逆のアプローチです。

逆手に取ると、
「正しく朽ちることを良しとしない」価値も広がっていると思っています。

これにお住いの方は気分を害されるかもしれませんが、、
都会には朽ちた後の事を無視した高層住宅群が建ち並び
美容や健康の分野においても人が永遠のテーマとした不老不死を得ること。
老いを美しく重ねることを拒否し、誰も見た事のない死に対して
分からないからこその恐怖に支配されています。

行き過ぎた文明の進化にそれぞれにコントロールできる
ブレーキを持つ事も大切な事ではないかと思います。
拒否する事はなく、調和し容認する事だと思っています。

都市で生きると決めた限りは全てを受け入れてみて
ある程度の堰を自らで設置する他ないのかも知れません。

ただ私はマックにも行きますし、その背徳感も味わいたい 笑
全てが自然由来のものでないとダメというわけではありません。
アウトドアの際はインナーにも化繊を持ってきますし、
その時その時のTPOを考えて選択することを心がけています。

寝具はその上で人が8時間以上を過ごすものなので
通気し、吸湿し、調温し、快適に過ごせるもの。
「これがたまたま植物性、動物性の繊維やその加工品だった。」
というだけです。

ただ日本では急激な近代化が進んだ為に残念ながら
時と場合を考える(TPO)という文化が薄いのだと思います。
海外に行くと日本を歩くのと同じ格好をした人を多く見ます。
一眼で日本人と分かります。一言で言うなら「おしゃれ」です。

欧米から日本に長期旅行で来る方はちゃんとスニーカーで
防寒具や雨具になり変わる服装をしていらっしゃいますし、
カバンもデイバックや登山に行けそうな鞄をお持ちです。
ビジネスでこちらにいらっしゃる方は別ですが、
ハイブランドのバッグを持っている人の方が確実に少ないです。

そういった概念が基本的に違うので、
寝具選定の際にもそれが出てきいる様な気がするのです。
心理的には寝る時もブランドバッグを持ち歩いてしまいます 笑

睡眠とは心穏やかにし、1日の出来事を整理し、
その日の心と身体の負担を軽減する機能を持った大切な時間です。
その時間には「時と場合」または「その人に合った」ものの提案を
する事が重要なので、必ずしもブランドを売る理由はないわけです。



最後に、、

最近学んだ事の中に「無碍(むげ)」という言葉があるのですが、
「融通無碍(ゆうずうむげ)」この言葉が寝具にはぴったりだと思うのです。

カテゴライズされる事なく、それぞれの考え、意識に妨げがなく
混ざり合いその境目までもが見えない様子の事を言うらしいのですが、

はっきりといつ起きていつ寝たのか分からない。
寝ている間に何も感じる事がなく阻害もない。
分かるのは何にも邪魔されないすっきりとした感覚のみ。

これが最高の眠りだと思うのです。



今回のブログの内容は成立しているかもわかりませんし、
求められているものかどうかさえ全くわかりませんが
そのままドロップしてみます。

血の通い行い、生きたものがアート。という言葉を信じて。