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2021/04/17 19:03

ギリシャ神話の神に例えて「エロスとタナトス」というと
ピンとくる方もいると思いますが、
特に日本ではタブー視されている問題について寝具屋が
考えないといけないのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

遡ってはnautさんに店舗設計をお願いした段階から
私の店舗のテーマとしてお話をしていたことになります。



「寝具」というものを扱うにあたって私は
生と死に関する道具だということを考えています。

大きく出たな・・・と思われるかもしれませんが、
医療機関も含めて言ってしまえば、

「人が生まれて最初に横になるもの」

「死の瞬間に横たわるもの」

それはベッドの上。または布団の上。
ということになります。

もっと掘り下げると生を受けるその瞬間。
人が性行為に及ぶその瞬間も寝具の上。
全てそうだと決め付けるわけではありませんが、
恐らくそういうことだと思っています。



ただ、いち寝具屋がなぜそこまでのことを考えるかというと
ある事を見てから概念が変わったのかもしれないと
回想する自身にとっては大きな出来事があります。

20代にインドネシアのバリ島へ旅行することがありました。
街中を散策しているとある光景に出会しました。

とても大きな神輿の様なものを同じ柄の巻きスカートを履いた男性たちが
担ぎ上げ、200名ほどの群集をなして街を練り歩いているのです。

そして交差点を渡るたびに群集ごとぐるっと一緒に周り、
その度に行き交う車やバイクは行く手を妨げられてしまいますが、
隙をついて先を急ぐ人はおらず、みんな慣れた顔で神輿が過ぎるのを待っています。
私は大きなお祭りでもやっているのだろうと思いましたが、
とても興味深かったので現地の方に聞いてみました。

*観光都市ということもあり、彼らは英語・バリ語・日本語・中国語・韓国語など
 専門の教育を受けずとも日常会話レベルで複数の言葉を扱えます。
 子供も英語を喋ったりします。これにも驚きました。。

そうして教えてくれた答えに衝撃が走りました。
「あれはお葬式です」と言うのです。



日本のお葬式のイメージとかけ離れていたこともあり
かなり驚いたのを今でも覚えています。

御神輿の様なものは遺骸を運ぶもので、
最後には一緒に火葬し、川や海に亡骸を還すのだそうです。
バリはヒンドゥー教徒が多くを占めており、
同じインドネシアの最大の島、ジャワ島ではイスラム教徒が大半を占めています。
同じ国の中にも部族が違い、信じる神が違う環境を目の当たりにして
とても不思議な気持ちになった事を覚えています。

その足でホテルに帰ってロビーで休んでいると
旅行者が読んで置いていったと思われる自然発生した本棚を見つけました。
その中に日本語の本が数点あり、たまたまですが
「世界の三大宗教」という本を手に取り、すぐ部屋に持ち帰りました。
*すごく分かり易い本だったので理解までがかなり早かったです。



私は当然日本で生まれ育ったのでその時に自分の帰属意識もなく
それが普通だったので、彼らが行う毎日朝と昼行う焼香の儀式にも
真面目な方達なんだなということしか思っていませんでした。

当時は9.11の衝撃を心の中に大きく刻まれていたということもあり
まずそこから勉強してみようとおもい、すぐにその本を読み終えました。

そこでヒンドゥー教は「輪廻転生」という概念の元、
成り立っているのだという事を知りました。

一番不思議に思ったのは御輿を担ぐ彼らが「笑顔」だった事です。

日本のお葬式ではお馴染みの悲しいナレーションが入り口から聞こえ、
みんなが悲しい顔をして故人をしのぶ。というのが一般的ですが、
そんな様子が全くなかったのでまずこれに納得がいきました。

そう。彼らのお葬式はお祝いだったのです。
新しい人生に旅立つ祝福の儀式として
その門出を祝うお葬式であることに察しがつきました。
ヒンドゥー教では生と死が隣り合わせで、死ぬということは
新しく生まれ変わるということなんだということにびっくりしました。

今でも私自身は無宗教で信じるものはありませんが、
海外に行くと日本人が無宗教であることに驚かれます。
ただそれを知った上で、他国の歴史や風土を理解していくことは
とても楽しく、理解の幅が増えることで多様になっていく感覚が
今のお店にも流入していると思います。

帰国してからバリのヒンドゥーを掘り下げていくと
神話や儀式、音楽や踊りも絡み、建築様式にまで
バリ独特の文化があり、とても興味深いものでした。
まずそれまで私の中に無かった「死」の感覚の違いは
ここから生まれたのだと思います。



また帰国後に好きになったアーティスト。
横尾忠則さんの著書で「インドへ」の中では
当時なので今はわかりませんが、道端で性行為に及んでいる風景や
生死にまつわる輪廻転生の概念について描かれています。



その本を読んで「ガンジス川で沐浴」というのが
私の人生の目標の一つでもありますが、
これはバリの旅から派生したものと思っています。

伝え聞く内容では川岸で亡骸を燃やしてから川に流すことが当たり前で、
横ではその水を使い洗濯や料理をする方もあり、
いつもの様に沐浴をする姿もあれば、
聖水として扱われるその川の水が産湯や病気の治療にも使われるのだとか。
一部の方は信じられない話かもしれませんし、
そこに行きたいと思う私の様な人間を
おかしな奴と思われるかもしれません 笑



当然インドはバリと同じヒンドゥー教ですので
この世界観というのは「生と性と死」が混ざり合って
ぐちゃっとした塊になっている感覚があります。

日本では特にこの「性と死」という個人的な感覚をぶつけ合う
ということがどこか恥部であり、秘める美徳がある様に思います。
特にめんどくさいから避けておこうという方もあるのかもしれませんね。

そこで寝具を扱うとなった今ではいつか書いておきたい
テーマの一つとしてずーっと溜め込んでいた内容だったのですが、
ある程度経験を積みながら思うことも変わるだろうと考えていましたし
そのうちに思った事を書けば良いと思っていましたが、
なんのこと、なんら変わることはありませんでした。

それは
「私自身の子供を何の上で寝かせて、
私自身が何の上で朽ち果てたいか」
だと思っています。



それは彼らが拠り所とする海や川の様に
自然の中から生まれたものであり、
なるべく人の手がかかっておらず、また
それであって現代で生きる私たちにも合理的な
メリットのある商品群であるべきと思っています。

*あまり自然派に寄ってしまっても何かに依存する形になるので
 ストイックになりすぎることも避けています。

彼らの宗教観ではその寝具ごと燃やしてしまうわけですから
当然燃えた時に残るものが少ないもの。なるべく有害でないもの。
それを見ていくと自然に流行りのサスティナブルということに
行き着いてしまうのですが、それを利益に変えるのではなく
なるべく人に寄り添うもの。

これに特化する寝具というわけではないのですが、、、
また性行為に及んだ際にも耐えられる強度と耐久性。
その際に違和感のないものというのも大きな問題です。

先日ある若手建築家とベッドフレームを作った際に
この様な論議になってどこまでが許容されるべきか。
というのも非常に面白い話題だったのですが、
全てが「人の生活」ということに集約されます。



その人がどう使うか、その様な性質を持っているか。
体質や住んでいる気候に合っているか。
生活と関わるものを道具として売る生業に就いてから
毎日の生活が深みを増した様に多様に感じられる感覚は
私の場合おそらく寝具から来ている様に思います。

「睡眠」の中に隠された可能性をもっともっと
お伝えすることが私の役割と思いこんなことまで書いていますが
ここまでくると半狂人と思われても仕方ないですね 笑

バリのお葬式を見たときに彼らが履いていた正装用の巻きスカートが欲しくて
現地の人に売っている場所を聞き、現地の方が通う洋品店の様な場所に
アテンドしてもらいました。アテンドした側も「これが欲しいんだってさ」
お店の人も「変わった日本人だね」っと会話していましたが
その時は無事GETして帰国することができました。

こんな柄だったと思います。

自分で言っておいて笑えますが、半狂人。。。
まぁそれでもいいと思われるご興味のある方は
いつでも寝具相談のご連絡お待ちしております。