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2023/05/30 14:31

昨年の秋頃だったでしょうか、岐阜県にお住いの方からあるメールが届きました。

50代男性からで、ご自宅に出張してオーダー枕を作って欲しいという内容のものでした。

通常、当店でも県外での出張オーダー枕作成は行っておりませんが、
いただいたメールはご本人様から直接いただいたものでした。
誤字脱字などはありましたが、現状の環境改善にかける想いは鬼気迫るものがあり、
「どうしてもお願いしたい」との旨がメールには認めてありました。

そしてその方はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を患っていらっしゃる方だということも分かりました。
これが加藤さんとおっしゃるご本人さんとの出会いでもありました。

私もそのようなケースをお受けしたこともありませんし、全く想像のつかないものです。
医療や介護の世界に寝具の知識や経験がどう役立つのか分かりませんし、
たかが寝具屋に何ができるかわかりませんが、とにかく行ってみましょうという事になりました。

そして実際に加藤さんを見た瞬間、ご本人からメールをいただいた経緯を考えても
どうやって私に連絡をいただいたのかが想像できませんでした。



聞くと、目線の先にはiPadが備えてあります。
そのiPadを覗き込むと目線での動きをセンサーが読み取って、
口元に加えたのスイッチがエンターキーの代わりになっており
さらにそこから変換をかけて文章にしているという事を教えてもらいました。
その作業量を考えると私に送信した文章1つに何時間か掛かっていることが容易に想像できました。

加藤さんは目線での意思表示はできるものの、頷いたり、首を横に振る事さえできない状態です。
24時間介護のヘルパーさん達は簡単なYES・NOの意思表示を瞬きで確認していきます。
会話などもあ行から順に読み上げていく事で単語を探りながら会話していきます。

私は実際にご依頼主の状態を見て「どうしたらいいのだろう、、」と正直に言うと不安になりました。
呼吸はご自身で行えないので人工呼吸器があり、その管が直接首に繋がっています。
そして介護用のベッドが上体を引き起こされていて枕の接地は斜めに傾いています。
こんな状態でオーダー枕を作ったこともありません。。しかしとりあえずはやってみることに。


(床が平面ではないので、最初は中材が動いてしまい最適な位置を見出せませんでした)

当日までにALSや介護のことについても多少勉強はしましたが、
前職の寝具開発の中で実際に介護用品を作ろうとした経験もありました。
当時、専門の大学に出向いてポディショニングという介護方法を習った事もあり
その経験が生きる事になろうとは夢にも思っていませんでした。

「ポディショニング」とは介護の世界の中で少しづつ取り入れられている体位変換方法です。
丸みを帯びている人間の体と、寝具との設置面の隙間を小さいクッションのような専門用具で塞いでいき、
床擦れや血行不良を防ぎながら少しづつ体を固定していく介護方法です。健常者であっても
枕はスペーサーであって、隙間を塞ぐことで筋肉を使わせないような働きをする寝具と捉えています。

普段介護をしている奥様やヘルパーさんからの助言や手助けなどもいただきながら、
頭部から首にかけての加圧状態を実際に手や器具で確認し、
まずは基本になる形を作ってゆっくりと合わせていくことにしました。
ある程度の形が見えて行った時に、何度か調整を繰り返しながら枕を作っていきます。


(徐々に素材を変えながら、さらにはそれを生地で包んで動かない様なものを作成しました)

当店の枕は中材のビーズを1gづつ自由調整することが可能です。
中材も数種類を使用して、時にはその素材をミックスすることもあります。
全ては対象になる方の体の形と、筋肉の状態。寝具とのマッチングを枕として具現化します。
当たり前ですが、今まで作ったどの枕の中でも一番難しい枕でした。。

特に首の筋肉はずっと動かしていない状態でしたので、水風船のような触り心地でした。
健常な方のように硬い中材を入れてしまうと違和感を産むと考えて、反発性のあって柔らかい素材。
また汗をかいても通気性がよく、洗える樹脂製のビーズを選定させていただきました。



何度か訪問を繰り返しながらある程度納得がいくものを設置できると
ご本人に確認していくとかなり楽になったご様子で。
今ままで不安のあったものが、すっと消えた様なお顔をされていました。
そのお顔が見れたことで私も大変安心しました。

以前にお使いだった枕のことをお伺いすると、今までは奥様が市販品をベースに切ったり縫ったりして
ご本人のご要望に合わせて幾つかの枕を作成されていましたが、これでは高すぎてうまく首筋や
筋肉を支えることはできないだろうと一見して分かるものばかりでした。


調整した枕で首下の隙間を塞いであげると、顎の動きもよくなった様子で、
後から確認させていただくと食事の際も楽になったとのこと。

これは予想していなかったことでした。しっかり頭蓋骨を安定させることで
他の関節の動きや、筋肉の状態が変わるというのは私の経験にもなかったことでした。
後日いただいた加藤さんからお礼のメールにもその旨が綴られていました。

枕はその日のうちに完成し設置も終えましたが、枕を設置した後にあるご相談を受けました。
肌が蒸れて痒みが出たり、汗で蒸れて湿疹ができたりしてしまうとのことでした。
蒸れが引き起こす体の違和感も、痛みと同じで人一倍不満に感じるのだと思いました。

現状を見ていくとマットレスが固すぎてしまうため、ベッドの上には低反発性ウレタンのトッパーと
少しでも冷感が感じられるようにか、10月でも冷感式パッドが敷かれています。
また、両腕の重さが肩に掛からない様、腕部を支えるためのクッションが両腕の下に挟まっていますが、
これも中綿はポリエステルで、それを包む布も起毛のポリエステル生地。
これでは蓄熱しますし、蒸れや違和感が増進されてしまいます。

これに対応するためにまずはマットレスの選定を行いました。
2モーター式の介護ベッドの上にはその動きを制限しない曲がる素材のマットレスが必要で
固すぎてもいけませんし、柔らかすぎても腰に負担が掛かってしまいます。

当店で取り扱いはありませんでしたが、以前から知っていた素材メーカーに連絡を入れると
すぐにその経緯を聞いてメーカーの部長さんが来てくれました。
滋賀に工場を設けるファインエアーという寝具を作るメーカーさんです。



その中でも介護用の5cm厚の製品を取り寄せて、その上に当店でも人気のパシーマパッドを敷きます。
そして脚と上体を起こした態勢では24時間、腰部に負担がかかり続けることから、
腰の下には3cm厚のラテックスマットレスを2枚横並びに接地して、体位変換した際にも
楽に入れ替えができる様にクッションには切れ目を入れて取り出しやすい様にしました。



同時に腕部を置くためのクッションも作成させていただき、熱がこもらず蒸れずに
柔らかく反発性のある筋肉の様な素材を詰めていき、全て洗濯ができるもので特注していきます。
このクッションは枕メーカーと協働して納品までを仕上げていきました。

そして、それを包むカバーは和晒し二重ガーゼをクッション型にオーダーして仕上げました。
これも加藤さんにはかなり好評いただきましたし、実際に赤くなっていた腕下の湿疹は
時間を掛けて治っていました。



全て加藤さんの体型と筋肉の上体に合わせて、サイズを計測して仕上げた特注ポディショニング用品。
私の知り得る中で、最善の体圧分散性、蒸れと戦う快適な環境を作ることができました。



実際の介護の現場ではやはりそれを使用するヘルパーさんの意思の方が優先されていて
それを実際に使用する患者さんのことは二の次になっているのではないかと思いました。

最後には足元に置かれているクッションを変更して欲しいとのご依頼で。
サイズを計測して中に使う素材も考えていきます。洗えて、通気性が高くて
調整ができて、腕や腰部よりももう少し踏ん張りが効いて堅めな素材。
ずっと考えていると有孔性ウレタンはどうだろうと考えて、これをチップにしてもらいました。



以前、枕の素材として使ったことがあったのでそのメーカーさんにお電話すると
社長さんとの親交があったおかげで1ケースから輸入をしていただけました。
これを素材として選定することにしました。


介護用クッションとその他のクッションを調整しながら使っておられましたが、
これをすべて1つにまとめていきます。


こんな感じですね。
少し踏ん張りを効かせることができるので、腰の負担を減らすためにも重要なパーツです。
後日少し硬さが足りないとのことで、素材を追加して調整していきました。


もちろんこのクッションにも専用のカバーを作成させていただきました。
これにて半年に及んだ加藤さんとのやり取りの中で、私が最善と思うものをご用意できました。
私は職人でもなければ、直接作ることもできません。

お客様のご不満を聞き取り、環境と合わせた条件を加味して、
生産の現場とやり取りして交通整理しながら、商品が具現化するように導いていきます。
時には生産の現場に意見を求めながら、彼らが持っている知識も最大に利用します。
長くモノづくりに携わる彼らに比べると経験も意識も私はまだまだ劣っています。

終盤ではメーカーの担当者さんと、縫製をしている担当者さんにも
加藤さんの家まで来ていただいて実際の現場を見てもらいながら生産を進めていきました。



今年の夏が来る前に全ての商品を仕上げたかったので、ここからが本番です。
また加藤さんからフィードバックをもらいながら、さらに良いものを仕上げていきます。

私の店舗にある商品のほとんどはお客様からご要望をいただいたり、
環境的なご不満を改善するために開発したり、輸入をした商品ばかりです。
こうやってお客様それぞれのお悩みにコミットできる商品を生産現場と考えながら
クリアにしていく活動をこれからも続けていきます。

今回ご依頼をいただいた加藤さん、奥様。そして当店を見つけていただいた
加藤さんの娘さん。私にご連絡をいただきありがとうございました。
これからも加藤さんとの親交は続いていきます。

先日はご家族でディズニーランドに行かれたそうです。その際ホテルさんもALS患者さんが泊まった経験がなかったようで
私もホテルにあるものの中からポディショニングに使えそうなものをリストアップして助言させていただきました。
最近お伺いした際にもディズニーランドに行かれたことが良かった様で、お話を聞かせてくれました。

*加藤さんからはお名前・ご住所・年齢などすべてオープンにしてもらったら良いと言われています。
 ALSを患ってからもこれを負い目に感じたり、恥だと思うことは何もないからだそうです。

最初は私が医療や介護の壁を飛び越えても良いものか、とても悩みました。
しかし、ALS患者さんが抱える状況を目の前で見て、彼らが抱える不満や環境に対する改善の意識。
これを知った際に、私がもし同じ状況になったらと思うと。居ても経ってもいられませんでした。
今の私が知り得る知識、得た経験の中でできることであれば。やれることはやろうと思いました。

まだ他にもお困りの方もあろうと思いますので、ヘルパーさんとも協議をしながら
ケースを重ねていくことができればと思います。


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