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2021/06/01 13:24

暑くなってきました。
導入とすると月並みですが。笑

私的な昔話になりますが、私の育った広島の暑さは別格で
愛知に来てもここの夏は過ごしやすく感じます。
20年前ここに来た時に気温はこちらの方が高いのに
湿度が変わると暑さもこうも変わるのかとびっくりしました。

私が住んでいたのは広島市の中にある
府中町という街なのですが、自動車のマツダ本社や
元キリンビールの工場などがあり、
大きな産業で守られた街で19歳まで過ごしました。
当時から走っている車はマツダ車ばかりで
同級生の親たちもマツダ関係が多く、
そう思うと今住んでいる豊田の様な企業城下町でした。
当然今でもカープファンであることは必至です。笑

共に教育者であった両親は公務員ということもあり、
これといった派手な暮らしをすることはありませんでしたが、
2歳の時に木造平家から引っ越したマンションは
当時は広島でもまだ珍しかった大型マンションでした。
自動ロックのエントランスに広いロビー。
まだ10階以上の建物は珍しかったと言いますから、
唯一の贅沢だったのかもしれません。
まだ2歳でしたが大きな建物だなーっと思ったのを今でも覚えています。

約200世帯の中に沢山の同級生がおり、
みんなで遊んで同級生の部屋を自由に行き来していました。
マンションが一つの小さな街になっており
下の公園に行けば誰かがいて、夏祭りのビンゴや子供会のなど。
なんでもその中で終始するので沢山の大人と子供がごっちゃになった、
まるで団地の様な生活で幼少期を過ごしました。

父方の祖父母が瀬戸内の中にある島に住んでおり
毎週末行っては段々畑に実るみかんを収穫したり、
山菜採りなど。近くの山でよく野良仕事をしていました。
小さいながら労働力として認められたのだと思っているのですが
平日は小学生、週末は無償のアルバイトとしての
2重生活が当たり前のものとして課せられていました。



特に夏になると農作業は厳しさを増してきます。
夏休みは夏期合宿の様に泊まり込んで生活をする訳ですが、
草木も伸びてくることからそれを刈ったり、
蚊がブンブン飛ぶ中でもみかんを剪定したり。
*島の蚊はなぜか大きいのです。なぜでしょうか。。

みかんの木に登りながら額から伝った汗が顎から落ちる感覚や
じりじりと日に焼かれて肌から水分が失われていく感じ。
蒸し暑さで着ている服がべっしょりになるまで濡れて
夕方に祖父と薪を焚いて沸かすお風呂が何より気持ちよかった事。
大人になった今、味わえなくなってしまいました。

自然の素晴らしさ、労働の楽しさを知ったキッカケは
祖父がまだ元気にしていた小学生の頃に
こんな暮らしを知ったからかもしれません。
天候に左右されまくる自由な暮らしというのを
肌で体感したことと、労働が楽しいという感覚を
幼少期から体感できたのはかなり良かったと思っています。

一度山に出ると水など出ませんから、喉が乾けばみかんをもいで食べる。
また道端に生えるイタドリ(当時はかっぽんと呼んでました)
をかじって水分を得るなど。無いなら無いでどうにかなる生活が
今にも暮らしにもつながっている気がします。
夏が近づくと瀬戸内独特の蒸し暑さは今でも鮮明に思い出します。


↑これがイタドリです。山ではそこらじゅうに生えています。


祖父は初孫であった為か私を特に可愛がってくれ、
毎週末一人で田舎に泊まってはいろんな所に
自慢の軽トラで連れて行ってくれました。

その助手席で聞く話が何故か戦時中の話が多く、島の沿岸部を走っている時には
「終戦近くにこの辺りには重油不足で戦争に出られない戦艦がようけ停まっとって、
 船がアメリカに見つからん様に迷彩の布を掛けられとんじゃけど。
 それを探しにくる戦闘機から時々機銃掃射に遭うんよ。」という話とか。

海軍学校の跡地を通った時にも
「わしがこの江田島の海軍学校におった頃、呉の司令部に行くことがあって
 そこで原爆にあったんよ。広島の方からすごい爆風があって
 海側のガラスが全部割れてしまってから、その後外を見ると
 大きなキノコ雲ができとってのぉ。それからアメリカの新型爆弾じゃゆーて
 知らせが入ってから。兵隊さんも呉に引き上げるにも列車が止まっとるけぇ
 みんな歩いて帰ってくるんじゃけど。それが死体の行列みたいでの。」など。

母方の祖父母もみんな原爆手帳を持った被爆者だったので
それぞれに原爆の体験や幼少期の戦争の記憶というのは
少しづつ聞いていたのですが、今ではもっと詳しく聞いておけば
良かったと少し後悔しています。

数年前、映画の『この世界の片隅に』を見て少し思い出したのですが、
この呉を舞台にした話なので、すごくリンクしてしまって、、

*地形や登場する施設など非常にリアルです。
 観てない方がいれば是非お勧めしたい映画です。
 広島弁もよくある余所余所しいものではなく、
 キャストの方がしっかり勉強していらっしゃるのか、
 方言指導の方がすごいのか分からないのですが、
 固有名詞など含めても方言がとてもネイティブです。

祖父の話を聞き、私の中で幼少期から「戦争」という謎が深まってしまい
人類が起こした近代戦争を一次大戦から遡って色々調べていく中で
どうしても行きたかったのがアウシュビッツ・ビルケナウでした。
以前のブログでも書いてます。
昨年幼少からの念願叶い、単身でどうにかポーランドにたどり着いたのですが、
これは行った方にしか分からない感覚だと思います。
同じ人類がここまで非情になれる理由が全く分からなかったのです。



簡単に言ってしまうとある種、自己防衛や嫉妬の延長に
ホロコーストの様な人種差別や人を蔑んで見る感情があるのだと思います。
現在起こる黒人迫害問題や日本の中にある古からの差別もそうです。
しかしその感覚は当然の様に私の中にもあるものだと思っていますし、
自らは差別的な思想、言動はないと思っているかもしれませんが、
いつその牙を他者に剥くのか私にも分かりません。

自己を知り、他者を知り、歴史をしっかり理解していくことの方が
恐ろしい感情から予防線を張ることに繋がるのだと思っています。
感情的に同調するのではなく、知識として得たことが想像することに
つながると思っているのでまずは正しく知ることが重要だと思います。
その意味でも祖父母の話をもっと聞いていれば・・・と感じています。

今はYouTubeの様なコンテンツでなんでも簡単に
情報は取り出せる世の中になりましたが、
本当に知りたければ現地に行くしか方法はないのだと思っています。
正しく知る人は後世に簡単に情報を得られない様にしているか、
多くの人が楽観する未来を作っていないと思っているからです。

私が影響を受けた歴史上の人物でアラン・チューリングという
イギリスの数学者がいます。この方は「AIの父」としても知られていますが
彼は戦後50年ほどは国家機密として扱われて歴史の中に名前も出てきません。



当時ドイツ軍の使用していた「エニグマ」という暗号機は
製造に安易な構造を持っていましたが、夜中の12時になると配列表が書き変わってしまい、
敵の手に渡っても全く解読できないランダム性を含んだ優秀な暗号機でした。
解読が進んでも次の日には無になってしまうという代物です。
日本もこのエニグマを潜水艦で輸入し、ドイツとの共同作戦を試みて
失敗したというのは有名な話です。



当時、連合軍の諜報活動をしていた英ブレッチリー・パークという施設では
ドイツから飛び交う無線を傍受し、24時間、何百人というの暗号解読者が
無線を手で書き取りながら人の頭脳で計算して苦しんでいましたが、
彼はbombe(ボンベ)と呼ばれる自動式の暗号解読機を作成しました。

その後、何十万人の犠牲者を出すはずだった一次大戦を
早期終末に向かわせたという偉人であるはずだったのですが、
彼の終末は同性愛迫害から来る自殺であったとされています。
戦争の英雄が政府からも迫害を受けていたということになります。

*イミテーション・ゲームという映画で映像化されていますが 
 主人公がかなり美化されている様に感じました。ご興味のある方はぜひ。
 有名なAppleのロゴであるリンゴマークは彼が自殺した際にかじったリンゴなのでは?
 という推察もありますが、創業当時にチューリングが公表されていないこともありますし、
 ジョブスも否定しているようです。ただ私は夢があっていいなと思っています。




そういった意味でも他者を拒否することは簡単で、
他者理解することは歴史的にみてもかなり難しいことなのだと思います。

話が散りますが、現在TVで放映されている「進撃の巨人」の
ストーリーはナチス支配下のドイツの背景が色濃いと感じていて、
現コロナ禍の状況にもつながっていると感じますし、迫害や戦争の歴史で
本来本当に怖いのは現在世界で猛威を奮っているウィルス(巨人)より、
個人の利得のために先走る人間の方が狂気を含んでいる
ということなのだと私は理解しています。

現在は世界中で有事ですので、今はまさに世界戦争状態です。
2000年に入って表向き大きな戦争ではない有事状態が何度も続いています。
ただ普通に暮らす我々には危機感のかけらもありませんし、
いつの世も戦争に乗じて多くの投資家は資産を増やしてさえいます。

ただし突然死を突きつけられたとき、我々はどうするのでしょうか。
理想論ですが、弱い方にベッドを譲る人間でありたいと思います。
その為に自己理解と他者理解を進めておかなくてはと思い、
コロナ禍が開けた次はどこへ行こうかと思いを馳せています。

まずは山形に。土門拳記念館を。
それからアントニン・レーモンド建築を見て回って。
海外なら実際にミルトンキーンズのフレッチリー・パークで
実物のbombeを見に行きたいですし、
同じヨーロッパならピーター・ズントーの建築を。
アメリカではドナルド・ジャッドの作品も見たいと思いますが
これではお金がいくらあっても足りません・・・
その為に今日も寝具についてしっかり向き合いたいと思います。
睡眠が世界平和を生み出すと本当に思っているからです。

話が発散しているのでそろそろ仕事に戻ります。笑
この状況が改善されて、気にせずどこへでも行ける日が
1日も早く来ることを願っています。


*今回は映画紹介のようになってしまいました。
 こういった日々が続くと私も映画や書籍ばかりになってしまい
 また新たな知識欲が湧いています。
 オススメのものがありましたら教えてください。